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介護制度について考える 第19回

きょうは何曜日?  愛知大学 地域政務学部 教授 西村正広氏
 

 

週間スケジュール

 平成二十五年四月、両親が介護サービスを利用し始めて一年半。毎週、月、火、金曜の午前にホームヘルパーがやって来て掃除や洗濯、調理の下ごしらえなどをしてくれます。金曜午後には訪問看護師が来て両親の身体状況や服薬のチェックなど。木曜は通院日で、母は毎週、父は隔週、R病院へタクシーで通います。そして土曜は母がデイサービスへ。そんな一週間のスケジュールでした。
私は月に一回ほど札幌に出向き、そのたびに居間の大きな月めくりカレンダーを確認していました。カレンダーには母や訪問看護師の手で一ヶ月のスケジュールが書き込まれています。変化に乏しい高齢者夫婦だけの暮らしなので、油断すると曜日や日付がすぐに分からなくなります。母は居間のテーブルの上に「きょうは何月何日? 何曜日?」と大きく書いた紙を置き、折にふれてその日の日付を確認していました。そうした努力とともに、通院やヘルパーが来る週間スケジュールがきっちりと立てられていたおかげで、なんとか曜日や日付の感覚を保つことができていたようです。

進行する父の認知症

 一方、父は認知症が進み、日付の感覚などは失われていました。時々さりげなくその日の日付を尋ねてみましたが次第に答えられなくなりました。曜日や日付が分からないだけでなく、「今は何月ですか?」とか「今はどの季節?」という問いにさえ答えられなくなっていきました。
朝起きて着替えたり洗顔したりトイレに行ったり食事したりお風呂に入るといった日常の生活動作は、長い間の習慣なので自分で出来ました。しかし、父の記憶力や思考・判断力などは確実に失われていきました。怒りやすくなり「おかしな言動」も目立つようになりました。
例えば父は電子レンジでお酒に燗をつけて飲むのを楽しみにしていたのですが、レンジが「チン!」と鳴っても、お酒をレンジに入れたことを忘れる。夜、戸締りをすると言って家の中を歩き回るけれど、鍵を閉めるどころか全部開けてきてしまう。朝、窓の外に大きな鹿がいたなどとあり得ないことを言う。
ふつうの日常会話は可能ですが、少し込み入った話になるとできません。記憶は、近い時期のことほどあいまいで、数年前に受けた心臓手術のことや退職後十年ほど楽しんでいた野菜作りのこともすっかり忘れていました。でも四、五十年前のことはしっかり憶えていました。
極め付きだったのは親類の葬儀でのこと。参列者が焼香して故人の亡骸と最後の別れをしているとき、父はお棺に眠る故人に向かって「おまえ、こんなところに入って何やっている」「出て来い」と故人を揺すったり引き出そうとして周囲を驚かせました。

失禁が始まった

 そんな父と暮らす母のストレスは並大抵ではありません。父の感情の起伏に翻弄され、奇行やとんちんかんな話に驚き、かみ合わない会話で神経をすり減らしていました。さいわい徘徊や暴力、危険行為などはなく、一日の大半は慣れ親しんだ日常生活を送っていました。時おり電話で母と話すと、そんな父でもボケていない時は普通だし、声を掛ければ大人しく従ってくれるから大丈夫だよ、と言っていました。
しかしある時、母が重苦しい声で言いました。「お父さん、最近トイレの失敗が多くなったんだよ」
ああ、母が父を支える老老介護もまた一段難度を増したな、と私は思いました。

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