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ワライフ認知症講座 第5回

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株式会社ミヤビハウス  介護支援専門員  認知症治療研究会 会員
小板 建太 氏

介護職が認知症を見極める

介護者が認知症を見極める

 介護保険を申請する過程では、本人、家族は日常生活の中で何か困ったことがあるからなのです。脳卒中などで身体に障害があれば、機能訓練や福祉用具などを介護保険で利用し、個々の日常生活に支障がある部分を介護保険で補い、自立した生活を営めるようにすることが求められているのです。しかし、昨今問題になっている介護保険財政の問題に関しても、避けては通れない危機的状況であることも確かなのです。認知症介護では、近い将来にMCI(軽度認知機能障害)を含む方が1000万人を超えると予想されています。そうなれば介護保険財政は破たんの一途を辿ると言われているので、いかに認知症介護を介護保険財政の圧迫から救うためには、医療者や介護従事者の認知症に対する知識改革を行わなければなりません。医療は介護負担を増幅する治療を改め、介護者は適切な治療・ケアが行われているかを見抜くスキルが必要となります。

認知症ケア事例1

 ある日、一本の電話から援助が始まった事例です。夫75歳からの相談で、「もう疲れたからなんとかしてほしい」と、地域の介護事業所マップを見て当居宅介護支援事業所に連絡してきたのです。電話口での夫の様子からかなり疲れがあるように感じ、電話で聞き取りを行った項目が左の表です。

スライド5

認知症の知識があればこの時点で5割程度の病型が予測できるのです。また、初回の訪問時に何を確認するのかを整理し、早期に適切な支援に繋ぐことが重要になります。

〈電話での内容で気になったこと〉
・ADLが自立でHDS−Rが11点?
・急に怒りだす?
・常同行動
・わが道をいく行動
※HDS−R:改訂長谷川式スケール

〈訪問前に考えていたこと〉
・もの忘れはどの程度あるのか
・どの程度病識があるか
・なぜHDS−Rが低いのか
・もともとの性格はどうなのか
・抗認知症薬は服用しているか
・夫の援助力はどの程度か

〈初回の訪問で確認した事項〉
・初回アセスメント
・服薬の状況(種類、用量、開始時期)
・家族がおかしいと思った時期
・家族の介護力の見極め

ご本人、夫に話を聞いてみると、2年前くらいから毎日同じ料理ばかり作るようになり、医療機関を受診すると、HDS−Rが低いことから、アルツハイマー型認知症と診断され、抗認知症薬の服薬が開始された(10ヶ月前)。特に問題となる物忘れはない。
その後、出かけると何時間も帰ってこない、馴染みの美容院に居座り、困った店主から連絡が入り迎えに行くことが頻繁にあった。朝も毎日決まって4時に起き、散歩に出かけるが必ず帰ってはくる。近隣の会社の朝礼でのラジオ体操に勝手に参加するようになり、現在では夫が付き添って散歩に出かけている。最近では会社の人も歩道に聞こえるようにしてくれているようで、歩道からラジオ体操に参加している。本人に体調を聞いてみると、この薬を飲んでから自分でもダメだとわかっているが外に出たくなり、自分が抑えられなくなるとまで言うので、夫にも聞いてみると、この薬を飲みだしてから調子が悪い、何気ないことでも急に怒り出し物まで投げてくる。本人はとにかく話が好きで、人と会話がしたくてしょうがないのだが、夫も四六時中相手をするわけにはいかなく、その都度スイッチが入ったように怒り出す、といった毎日なのです。夫からはデイサービスを利用したいとの意向があり、本人も話し相手がほしいから、デイサービスに参加したいと思っている。日常生活での食事、入浴、排泄に問題はない。

〈現状を整理すると〉

抗認知症薬の服用を開始してから易怒性が出現し、夫の介護負担が増えたこと、常同行動、スイッチ易怒、ADLとHDS−Rの矛盾を考えてみると、アルツハイマー型認知症ではなく、前頭側頭葉変性症であることが疑われるのです。HDS−Rの得点が低いのは語義失語を伴う意味性認知症、急に怒り出したり、人の迷惑を考えないわが道をいく行動は脱抑制を伴う前頭側頭型認知症:ピック病にみられる症状だからです。今回服薬していた抗認知症薬は興奮系薬剤と言われていることから、前頭葉症状で易怒性があるにも関わらずさらに興奮する薬剤で火に油を注いでいたのです。アルツハイマーには良い薬でも、前頭側頭葉変性症であれば特に注意が必要です。

現在では、医師との連携のもとで抗認知症薬の減量を行い、介護負担になっていた行動心理症状も改善されて、楽しみをもってデイサービスに参加されています。夫も「最近は調子がいいから本当に助かる」と言われ、これならまだ妻の介護が続けられるとのことでした。本人の苦痛と、家族の介護力の見極めが重要で、安易に認知症だからと言って抗認知症薬を開始、増量することで逆に負担が増えることがあるという知識を持ち、医師にその症状を的確に伝える作業が介護従事者に求められているのです。その結果、穏やかな生活を送ることができれば、介護サービスの安易な増加に歯止めがかかるのです。中には、「お医者様に頂いた薬をちゃんと飲んでいるの」と薬の副作用で困っている家族に追い打ちをかけるように念を押す援助者がいるとも言われています。全国で盛んに進められている動きの一つが、「医療と介護の連携」です。医師は家族、援助者からの情報で的確な治療を行い、家族、援助者はその治療内容を理解することで、より風通しのよい関係が形成されるのです。

ある援助者は、医師の処方した薬に対して発言することはできない、医師を怒らせてしまうと言っているのです。逆に「介護職の立場で医師に発言をするな」という医師がいるのも現実ですが、誰のための医療で、誰のための介護かを考えれば自然に答えは見つかるはずです。困った症状で介護が困難な場合は、まずこの認知症はどのタイプの認知症なのか、抗認知症薬等の副作用ではないかを察知できるようになれば、その後の支援を有利にすることができるでしょう。

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認知症医療・介護の新しい幕開け

 2015年3月1日、品川で第一回認知症治療研究会が開催されました。450人を超える医師、介護関係者が集まり、新しい認知症医療・ケアについて、医療・介護の立場から様々な発表がなされました。やはり多くの課題が、医療と介護の連携という題目で、認知症医療に携わる医師からは、医療と介護の両輪が近づき、医師が処方した薬で介護負担が増えたら、それを適切にフィードバックさせ、見直す作業が必須であると言われていました。

しかし、医療を受ける側にその知識が備わっていなければ、医療と介護の連携は絵に描いた餅になってしまいます。この認知症治療研究会は2年後に正式に学会へと移行する予定で準備していますが、介護職のレベルアップを目的に、医師や製薬会社だけの学会とは違い、介護従事者の参加も認められています。今回も全国からケアマネジャー、老人保健施設、有料老人ホーム、特別養護老人ホーム、包括支援センターなどのスタッフも多く参加されていました。そのほとんどの方が、認知症の理解が変わった、目からウロコだったと感想を述べられていました。参加希望者は事前に問い合わせが必要となりますので、認知症治療研究会のホームページをご覧ください。

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