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介護制度について考える 第20回


あっというまに要介護5
愛知大学 地域政務学部 教授 西村正広氏

 

 
老老介護は限界に

 母は糖尿病と高血圧の持病を抱えながら、ふたたび倒れないように根気強く節制をしていました。食生活に細心の注意を払い、通院やデイサービスにも欠かさず出かけて機能低下を防いでいました。でも父の認知症が進むにつれ、父の世話をする母にかかる「老老介護」の負担が増していきました。高血圧のクスリをのみ、一日四回のインスリン注射を正しく実行しているのに、血圧も血糖値も安定しませんでした。父の世話をするストレスのせいだろうと母の主治医は言い、私もそう思いました。

そんな折、父に失禁が見られるようになりました。夜中にトイレへ行くときに衣類や廊下などを汚すことが時々あり、はじめは回数も少なかったのですが次第に多くなったそうです。母は夜中にたびたび起こされ、疲れに耐えかねてケアマネジャーに相談しました。たいていの相談は私に持ちかける母でしたが、たとえ肉親でも父の「下の世話」の問題を私に話すことに抵抗があったようです。父の世話について他人に相談することの少ない母でしたので、よほど困っていたのでしょう。

父の入院

 そんな母の相談を受けて、ケアマネジャーも私ももう老老介護は限界と感じました。このままでは近い将来に母が倒れるのは目に見えていました。深夜の失禁を片付けるのはたいへんだから朝一番にヘルパーに来てもらって片付けてもらうといいよ、と提案しましたが母にとって父は長年連れ添った夫です。「下の世話」を他人に任せることは出来ないと言います。一番たいへんなことだからこそ他人に頼めないのです。

そこで、父を老人保健施設などに短期間入所させて母を休ませる期間を設けようと検討を始めました。たとえ短期間でも父は同意しないと分かっていました。でも仕方ないので「体調を整えるための短期の入院だ」などと嘘をついて入所させよう。背に腹は替えられません。ケアマネジャーにも頼んで短期間入所できる施設を探し始めました。

ところがそんな矢先、本当に父が入院する事態となってしまいました。消化管出血による下血でした。父の洗濯物を扱っていたヘルパーが鮮血の汚れを見つけ、すぐに受診、そして入院となりました。原因は大腸の潰瘍。高齢者によくある疾患です。入院して一週間ほど絶対安静となりました。

急速な機能低下

 入院治療の甲斐あって父の病気は順調に回復しました。ところが治療のために安静を余儀なくされた父は、心身ともにすっかり機能が低下してしまいました。病院のベッド上で寝たきりだったので筋力が衰え、立ち上がることも歩くことも出来なくなりました。寝かされっぱなしで認知症も急速に進行しました。自分がどういう状況でどこにいるかも分からない、夢の中をさまようような日々だったのでしょう、入院の数日後に見舞ったときには私の顔も認識できず意味不明の言葉を繰り返すだけでした。

入院の二ヵ月後、父の要介護度を更新する手続きをして、要介護度は一から五に跳ね上がりました。高齢者は、入院によって心身の機能が低下することは知られていますが、これほど劇的に歩行不自由や認知症が進行するとは思っていませんでした。

母を休ませるために父をどこかの施設に入れたい。その思いが、図らずも父の入院というかたちで実現しました。父の世話から開放され、母の血圧も血糖値も正常に戻りました。

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